プロ野球、広島東洋カープ一筋で19年間プレーし、球団最多の通算213勝を挙げた北別府学さん。
6月16日に亡くなられた、とニュース速報が流れました。
大エースであり、レジェンドでもある北別府さん。
カープの黄金時代を牽引してくれた偉大な方がまた一人この世を去っていきましたね。
まだ65歳の若さです。
これからまた、解説者として、そしてコメンテーターとしてテレビに戻ってきてくれる日を心待ちにしていた方も多いと思います。
お仕事等で何度かご一緒させていただいたことがあります。
正直なところ、お話する前までは、近寄りがたい印象をもっていました。
しかし、実際にお話をすると、おちゃめな人でした(笑)
この頃はブログを頻繁に更新されていたので、その内容がすぐにネットニュースに取り上げられていた話や、息子さんと大学の同級生である野村投手の話などで大盛り上がり。
また、ちょうどカープの国語辞典が発売された年だったので、その話にも。
『精密』の用例に「精密機械と呼ばれた北別府学」と掲載されているのです。
“まさに針の穴に糸を通すような非常にコントロールの良い投手”と、巨人の原監督もコメントしているように、抜群の制球力を誇っていた、というのはカープファンにとっては有名な話。
トークショーは、広島駅地下イベント広場で30分程度でしたが、終始笑顔でいらっしゃったのを鮮明に覚えています。
そして、この日は『トークショー→球場で野球解説→鹿児島県人会』と、お仕事3本立ての北別府さん。
トークショーの会場から、カープファンの集団にまぎれてカープロードを歩き球場へ向かうんだ、と言われた事に私は驚きました!
“いやいや、顔バレして、スムーズに進めないと思うんでタクシーを使ってくださいね!”
とお話をすると、北別府さんは、
“すれ違うことなく同じ方向に向かっていくから僕ってわからないでしょ”
と、一言。
いやいやいや!!わかりますから(笑)
そんなおちゃめでパワフルな北別府さんが私は大好きです♪
ご縁があって、ご自宅にお邪魔させていただいたことも。
たくさんの写真やトロフィー、記念品などズラリと並んであるお部屋をみて改めて偉大な投手だったんだな、と感じました。
そして、奥様とお話をしていると、お付き合いしている時や現役の頃、デートっぽいデートはできなかった、という話をされていました。
今、ようやく夫婦らしい時間をすごせている気がします、とのこと。
そうお話しする表情は柔らかく、きっと二人で過ごせる今を大切にされているんだろうなぁ、と思いました。
昭和のカープ黄金期を支え、私たちカープファンにもたくさんの想いを残してくれたレジェンド。
座右の銘としていた『不動心』、
「広く深い心」と「強く動じない心」をもった人間でありたいな、と思います。
最後の最後まで戦い続けてきた北別府さん、若すぎる死ではありますが、ゆっくりしていただきたいです。
そして、今シーズンの新井カープを天国からしっかり見届けていただけると嬉しいです!!
心よりご冥福をお祈りいたします。