本通商店街・お店からのお知らせ

本通マガジン「ウー」スタッフこぼれ話し
  • 2013/07/15

    人生の大先輩から学ぶこと。

    現在無料配布中の本通マガジンの「粋き方」で取材をさせていただいた、アンデルセングループ相談役の高木彬子さん。記事の中では紹介しきれなかったお話がまだまだあるのでこちらで紹介します!

    現在無料配布中の本通マガジンの「粋き方」で取材をさせていただいた、

    アンデルセングループ相談役の高木彬子さん。

    記事の中では紹介しきれなかったお話がまだまだあるのでこちらで紹介しますね。

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    主人が、「軍隊の時にシンガポールで食べたイギリスパンが非常に美味しくてその味が忘れられない。そういうパンの販売をこれから仕事にしたい」と言い出したのがパン屋のはじまりでした。もちろんまったくの素人でしたから、パンを焼くことのできる職人さんを見つけて比治山でお店を始めたのです。その頃県下には240軒近くのパン屋さんがありました。その多くが昔からの暖簾を引き継いだパン屋。それに比べ私達は名も無く貧しいパン屋。ですが、まったく経験のない素人だったからこそ結果的に良かったのかもしれません。私はお金を扱うことをそれまで一切やってこなかったのでそろばん勘定なども全然だめで(笑)。けれどやらざるを得ない状況だったわけです。人間はできないのではなくて、やらなくても済む状況だからやらないだけなのですよね。そういう意味では、私の可能性を主人が引き出してくれたのだと思っています。

    あの頃は焼いたパンを主人が自ら自転車で売りに行っていました。けれどそれにも限度があるので、直轄店を作ったのです。自分達の作ったパンはなるべく想いの込もった人達の手で売りたいという想いがあったので、初めて正規の女子社員を募集して採用しました。それから、直接契約をして売って頂く直売店も増やしていこうということで、新規開拓のために歩き回って交渉をしました。当時はまだ、朝の子どものおつかいと言えばお豆腐とネギの時代でしたから、そこでパンを売って下さいというのは正直難しい話なのです。名も聞いた事のないパン屋ですしね。けれど私達の信条は「しんどい道を歩く」ということでしたから、絶対によそのパン屋さんが入っているお店に入り込むということはしたくなかった。うちのパンは卸値も高かったのですが、その理由はそれだけいただくのだからそれに相応しいパンを…と質を落とさないようにするためでした。けれどその質を理解していただくにはちょっと時間がかかりますよね。ですからもう熱意しかないわけです。他のパン屋と同じ生き方はしないと始めから決めてましたからね。それもすべて、素人だったからそういうことができたのだと思います(笑)。

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    自分の質を高めるために敢えてしんどい道を歩くこと。

    できないのではなく、やらなくても済むからやらないだけ。

    …ハッとするような、ドキッとするようなことを、

    高木さんはいつだってさらりとおっしゃるのです。

    大先輩の名言。本当に勉強になります。

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